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2009年6月8日月曜日

京都教育大の事件について思うこと

 
京都教育大の事件について、憤りを覚える人も少なくないだろう。私もその一人である。典型的なセカンドレイプというべき事件になってしまった。
犯人たちは鬼畜である。数人がかりというのも始末に悪い。どうしてこういうことをするのか。捕まるのはわかりそうなものじゃないのか。しかも、けっこういい年の、しかもちゃんとした大学の学生である。世にいうFランク大学などではない。どういうことなのだろう。初犯なのだろうかとさえ訝しがってしまう。
そして、学長の記者会見における「教育的配慮」発言だとか、大学当局の対応だとか、犯人たちは退学ですらないだとか、これもまた怒りを注ぐ。さすがにそれはないだろうと思う。冤罪事件なども後を絶たないから、「加害者」とされる人の人権というのも確かにあろうが、被害者はこれでは救われないではないか。被害者は何か悪いことをしたのだろうか?

ともあれ、学長の発言に、個人的にはとても興味がある。どういう経緯でそうなったのかはわからないが、「教育的配慮」として加害者たちの無期停学という措置にし、警察への被害届けの提出をさせず、数カ月も事件を放りっぱなしにした。この件について、学長がどこまで把握していたのか知らない。アホな学生が事件を起こしたということに関しては、学長は被害者であろう。しかし、事件を封印しようとしたところに関しては、これは加害者である。権力を持っているだけにタチが悪い。受験シーズンだったから、受験者数や入学者数が減るとでも思ったのだろうか。
遅すぎる釈明会見のときに学生たちの処分を除籍にし、学長が辞表していたら、この事件はさほど報道されることもなく終わっていただろう。そもそも、事件当時に加害者を処分していたら、話はそれで済んだかもしれない。
学長は「教育的配慮」という言葉を何十回と記者会見で使ったそうである。経験的に、同じフレーズを繰り返すような言い訳は、無茶苦茶な問題を抱えていることが多い。論理がそもそも通っていないのだ。何かを守ろうとしているのだろうか。

リスクマネージメントという意味では、この学長のやり方は最悪であった。そもそもリスクマネージメントという概念があったのだろうか、とさえ思う。記者たちの追撃を交わせると思ったのだろうか。さすがに世の中を見くびりすぎではないだろうか。ちゃんとしたブレーンなり、広報担当はいなかったのだろうか。

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中島 茂

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私は、以前、業界紙新聞にいたので、記者会見の雰囲気は知らないでもないのだが、一般紙の社会部の記者たちは、かなり手強い。場慣れもしている。ヤジも飛ばす。言い逃れしようなものならば、「何言ってんだ、ふざけんな」なんて怒声が飛び交います。会見中、笑顔で質問する記者がきつい記事を書くこともある。いくら知的に優れた人であっても、カリスマであろうと、適当な言い訳が通用するような場ではない。

学生たちが事件を起こすということは、稀ではないだろうし、お詫び会見といったものの機会は増えるかもしれない。広告代理店などでも「お詫び会見」に強いパブリシティ会社なんかがあるようで(友人が勤めているのだが)、今後、大学の関係者の方々は、そうした会社とコンタクトをとっておくことも必要かもしれない。困ったことであるが。

 

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